作品1980
グレイホーク
Greyhawk
グレイホーク(Greyhawk)はワールド・オブ・グレイホーク としても知られており、ダンジョンズ&ドラゴンズ・ファンタジー・ロールプレイングゲームのためのキャンペーンセッティングとしてデザインされた、架空の世界である。
作品1980
Greyhawk
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グレイホーク(Greyhawk)はワールド・オブ・グレイホーク としても知られており、ダンジョンズ&ドラゴンズ・ファンタジー・ロールプレイングゲームのためのキャンペーンセッティングとしてデザインされた、架空の世界である。
グレイホーク(Greyhawk)はワールド・オブ・グレイホーク(World of Greyhawk、グレイホークの世界)としても知られており、ダンジョンズ&ドラゴンズ・ファンタジー・ロールプレイングゲームのためのキャンペーンセッティングとしてデザインされた、架空の世界である。
ダンジョンズ&ドラゴンズのために作成された最初のキャンペーン世界でこそないが(デイヴ・アーネソンのブラックムーア・キャンペーンが数か月先行している)、ワールド・オブ・グレイホークは1972年から2008年まで、このゲームの展開と最も緊密であるとみなされたセッティングであった。この世界は、ゲイリー・ガイギャックスが自分の子供達と友人達の楽しみためにデザインした城の下の単純なダンジョンとして始まったが、それは複雑な多層ダンジョンだけではなく、グレイホーク市の近郊だけでもなく、最終的に世界全体にまで拡張された。グレイホークは20年以上に渡っていくつかの版の製品が出版され、キャンペーン・ワールド自体に加え、出版された多くの冒険の背景設定として使用され、D&Dゲームと2000年から2008年にかけて行なわれたRPGAの大規模共有リビング・グレイホーク・キャンペーンを支えた。
1960年代末期、軍事史マニアかつパルプファンタジーファンのゲイリー・ガイギャックスは、ウィスコンシン州レイク・ジェニーバの彼のゲームクラブにおいて、従来の中世を模した卓上ミニチュア・ウォーゲームにファンタジーの要素を加え始めていた。彼は時々標準的な中世の兵器を魔法の呪文と入れ替え、あるいはドラゴンや他のファンタジー的なモンスターを兵士の代わりに使用した。1971年、彼は『チェインメイル』という名前の卓上戦闘のためのルール・セットの一部を共同執筆し、1対1の戦闘だけではなく、魔法の呪文とモンスターのための補足ルールを作成した。
ちょうど同時期に、ミネアポリス - セントポールでは、別の卓上ウォーゲーマー、デイヴ・アーネソンが、同じく新たな様式のゲームを創り出していた。アーネソンは、ウォーゲーマー仲間であるデイビッド・ウェスリーが運営していた、中立な調停者あるいは審判を置き外交問題を解決するためにプレイヤー同士や想像上の人物と会話するような、現在ではロールプレイングと呼ばれる要素を含む、ナポレオニック卓上「ブラウンシュタイン」キャンペーンに感銘を受けた。しかしながら、アーネソンは間もなくナポレオニック設定に飽きてしまい、ゲームグループが集合したある晩、彼は通常の戦場の代わりにプラスチックモデルの城を置き、プレイヤー達に、今晩は各人が1個連隊ずつを指揮する代わりに1人ずつのキャラクターを担当して、ブラックムーアの男爵領にある城の危険なダンジョンを探索する、と告げた。戦闘解決のために、彼は最初じゃんけんを用いていたが、『チェインメイル』と、彼、ゲイリー・ガイギャックス、マイク・カーが共同執筆したドント・ギブ・アップ・ザ・シップ!という名の船舶ウォーゲームを組み合わせた結合ルールに速やかに移行した。ウェスリーの卓上ウォーゲームよりアーネソンのゲームを際立たせたものは、プレイヤーがセッション間で同じキャラクターを保持することができ、時間と共により良い能力またはパワーを身に付けることによって成長する、ということであった。アーネソンの、ミネアポリス-セントポールにおけるナポレオニック・ゲームグループは、ガイギャックスのレイク・ジェニーバ・グループと接触し、アーネソンは彼らが週末にプレイしているブラックムーアのダンジョンについて言及した。ガイギャックスは興味を持ち、1972年にレイク・ジェニーバを訪問した時に、アーネソンはブラックムーアのダンジョンをガイギャックスに対し実演した。ガイギャックスは直ちにダンジョン環境を探索する個々のキャラクター達という構想に興味をそそられ、このゲームは商品とすることが可能であり売れる、と考えた。彼とアーネソンは『チェインメイル』を基にしたルール・セットを共同開発することに合意した。これらのルールを開発するためのプレイテスト環境を提供するために、ガイギャックスは彼自身の城であるグレイホーク城をデザインし、その下にあるダンジョンの一層目を準備した。彼の2人の子供達アーニーとエリスが最初のプレイヤーとなり、その最初のセッションの間、グレイホークのダンジョンで最初のモンスター達と戦い、滅ぼした(ガイギャックスは、それが巨大ムカデの集団か、サソリ達の巣のどちらかであったことを回顧した)。その同じセッションの間に、アーニーとエリスはまた、最初の財宝である、銅貨3,000枚の入った箱を発見したが、運ぶにはあまりにも重く、子供達を強く無念がらせた。子供達が就寝した後、ガイギャックスはすぐにダンジョンの2層目の作成に取り組みはじめた。次のプレイセッションでは、アーニーとエリスにガイギャックスの友人達であるドン・ケイ、ロブ・クンツ、テリー・クンツらが合流した。
彼の最初のセッションからおよそ1か月後、ガイギャックスはダンジョンの近傍に、プレイヤーキャラクターが財宝を売り払ったり、休息場所を見つけることのできる場となるグレイホーク市を作成した。
ガイギャックスとアーネソンがTSRを通じてダンジョンズ&ドラゴンズのルールを開発して出版することに取り組んでいる間、ガイギャックスは個人的にグレイホーク城のダンジョンと近郊をデザインして友人や家族からなるサークルへの公開を継続し、彼らを新しいルールと構想のテストプレイヤーとして扱った。プレイヤー達が城と街の外の世界を探索し始めるにつれて、ガイギャックスは彼らのために他の地域や諸都市を作成した。プレイセッションが1週間に7回かそれ以上生じるという状態で、ガイギャックスは新たな世界全体の地図を作成するという時間も意向も持っていなかった(彼は自分の世界を単純に北米大陸の地図の上に書き、進行中の冒険を通じてゆっくりと情報が増大してゆくにつれて、そこに新たな都市や地域を書き込んだ)。グレイホーク市とグレイホーク城は、彼の出生地である実世界のシカゴの位置の近くに配置された(他の様々な場所はその周りに集中していた)。例えば、彼はグレイホーク市のライバルであるダイヴァース市を実世界でのミルウォーキーにあたる位置に配置した。
ガイギャックスは同じく、城の地下でダンジョンを発展させ続けた。彼がそれを完了する時までに、この複雑な迷宮は13階層となり、邪な罠、秘密の通路、腹を空かせたモンスター、輝かしい財宝で満たされていた。これらのオリジナルのグレイホーク・ダンジョンが詳しく出版されたことは全くないが、1975年にヨーロッパのファン雑誌である“Europa”の記事で概要を垣間見せたことがある:D&Dのルールが出版される前に、「古グレイホーク城」は13階層のダンジョンを備えていた。1層目は部屋と回廊の単純な迷路だった。それは「参加者」が誰もかつてこのようなゲームをプレイしたことがないからだ。2層目は2つの独創的な事柄、ニクシーの住む水たまりと蛇の噴水があった。3層目は拷問部屋と小さな独房、監獄部屋を特徴とした。4層目は遺体安置所とアンデッドの階層であった。5層目は黒い炎の燃える奇妙な洗礼盤とガーゴイルを主題としていた。6層目は繰り返しの迷路で、多数の野生のイノシシがおり...不都合な場所あり、当然ながらふさわしい数のワーボアーに支援されていた。7層目は円形の迷路が主題であり、通路には多数のオーガがいた。8層目から10層目は洞窟と大洞窟の結合体で、トロール、巨大昆虫、輸送装置結合体とそれを守っている邪悪な魔法使い(と多くの強靭な仲間達)が特徴であった。11層目はこの城で最も強力な魔法使いの住居であった(彼はバルログを使用人としていた)。この階層の残りの部分は火星の白猿が住み着いており、それ以外の回廊下の副通路は財宝を持たない有毒生物でいっぱいであった。12層目はドラゴンで満たされていた。
最下層である13層目は、プレイヤーを「中国」に送り込む、逃れられない滑り台があり、落ちた者はそこから「野外の冒険」によって戻らねばならない。2層目から出現した、陰湿な傾斜通路による下方向への移動は頻繁に起こりえたが、知らないうちにこのような経路をたどる可能性は、7層目あるいは8層目まではそれほど大きくはなかった...
副階層には、絶えず互いに争いあっているオーク、ホブゴブリン、ノールの兵舎、博物館、巨大な闘技場、地底湖、巨人の住居、キノコの庭園が含まれる。
生きて最底部に到達した者は誰でも、このダンジョンを建設した狂気の建築家ザギグに会った(「Zagyg」は「Gygax」の逆読みの同音異義語であり、このダンジョンを設計した人物―ガイギャックス自身―が正気でないに違いない、というガイギャックスの仲間内の冗談であった)。かつてたった3人のプレイヤーが最底部に到達してザギグに会ったが、全員がソロ冒険中であった。それはロブ・クンツ(ロビラーで)、ガイギャックスの息子アーニー(テンサーで)、ロブの兄弟テリー(テリックで)である。彼らの報酬は、直ちに世界の遠い反対側へ送られることであり、そしてそこで各々は、グレイホーク市に戻るための長い単独の旅に直面した。テリックとテンサーは途中でロビラーに追い付くことに成功し、そして3人は一緒にグレイホークに戻る旅をした。
この時までに、20人以上のプレイヤー達がほとんど毎晩ガイギャックスの地下室に押し寄せ、そして彼らの冒険を計画するために必要な労力は、ガイギャックスの余暇の時間の多くを奪った。彼はプレイヤーとしてのロブ・クンツの創造力豊かなプレイに感銘を受け、ロブをグレイホークの共同ダンジョンマスターに指名した。これはガイギャックスが他のプロジェクトに取り組むことを可能にし、そして彼がゲームにプレイヤーとして参加する機会も与え、イラグやモルデンカイネンのようなキャラクターが作成された。
ロブ・クンツのダンジョンの余地を作るために、ガイギャックスは13層目の最底部を廃止し、ロブの作品をグレイホーク城のダンジョンに統合した。ガイギャックスとクンツは彼らのプレイヤー達のために新たな階層の作成を続け、1985年にグレイホークのホーム・キャンペーンが終わりに近づいた時までに、城のダンジョンは50層以上を含んでいた。
ガイギャックスとクンツのホーム・キャンペーンに参加したプレイヤー達の多くが臨時プレイヤーであり、自分のキャラクターに名前を付けないことさえ時折あったのに対し、遥かに頻繁にプレイするプレイヤーもおり、彼らのキャラクターの何人かは、グレイホーク・キャンペーンセッティングの出版前に、ゲーム世界内全体でよく知られるようになっていた。これらのキャラクター達の幾人かは、ガイギャックスが彼の様々なコラム、インタビュー、出版物で言及したため有名になった。別の事例では、ガイギャックスがゲームのために呪文を作成した時、彼は時折彼のホーム・キャンペーンの魔法使いキャラクター名を呪文名に真実味を加えるために使用した。例えば「メルフス・アシッド・アロー」で、メルフは彼の息子ルークが作成したキャラクターである。当時収録されたキャラクターの幾人かはグレイホークの代名詞となった:
マーリンド
ゲイリー・ガイギャックスの友人であるドン・ケイは、1972年にガイギャックスのグレイホーク・キャンペーンの2回目のセッションでマーリンドを作成した。ガイギャックスは後に、マーリンドが、プレイヤーがキャラクターに創造的な名前を付ける試みの最初のものであったことを回想した。初期の頃、ほとんどのプレイヤー(ガイギャックス自身を含む)が、単純に彼ら自身の名前のもじりをキャラクターの名前の基本に使用した(例えばGaryはYragなど)。他の架空の世界との相互交流は初期には普通の出来事であり、そしてこういったセッションの1つで、マーリンドはケイの好む設定であるアメリカの大西部に移されたことがある。マーリンドが最終的にグレイホークの世界に戻った時、彼は自分の6連発拳銃を一緒に持ち帰った。ガイギャックスは彼のグレイホーク設定では火薬の使用を許さなかったが、ドン・ケイのために抜け道を用意し、マーリンドが実は2本の魔法のワンドを所持しており、これは大きな音と共に小さいが致命的な飛び道具を発射できる、と裁定した。彼の名前は『アンアースド・アルカナ』に掲載されたアイテムである、「マーリンドのスプーン」に使用された。
ロビラー
ロビラーは、ロブ・クンツの所有するファイターであった。マーリンドと同様に、2回目のセッションのためにグレイホーク城の近くで作成された。1972年、ガイギャックス家の台所テーブル上での出来事であった。ガイギャックスはクンツにロビラーという名前を提案した(この名前はガイギャックスの短編小説「ザ・ノーム・キャッシュ」の端役にちなんでいた)。クンツは毎回出席するプレイヤーであったため、ロビラーは急速に力と所有物を手に入れた。グレイホーク市が作られた時から、彼はグレイホーク市にある緑竜亭の秘密の所有者となり、そこで彼はこの街で起こる出来事の監視を続けた。クンツは瞬く間に他のプレイヤー達とのプレイがもどかしくなり、しばしばガイギャックスと1対1で単独の冒険を行った。ロビラーは単にガイギャックスのグレイホーク・ダンジョンの13層目と最底部に最初に到達しただけではなく、途中で彼はまた9柱の半神達を解放する責任を負った(ガイギャックスが10年後に復活させた、グレイホーク最初の神格の幾柱か:アイウーズ、ラリシャズ、トライセリオン、エリスヌル、オリダマラ、ハイローニアス、セレスティアン、ヘクストア、オーバド・ハイ)。ロビラーはまた、ガイギャックスの「邪悪寺院」に最初に入り、それを完全に制覇した。ロビラーは、寺院の中心部で、女デーモンのザグトモイを牢獄から解放もした。クンツは後に、彼の傑作であるダンジョンが単独の冒険者に完全に破られたことにガイギャックスが狼狽し、罰として自分の城に戻るロビラーを軍勢が追跡し、彼は城を放棄せねばならなかった、と述べた。ロビラーはまた、緑竜亭の所有権も失った。
テンサー
テンサーは、ガイギャックスの息子アーニーが演じる魔法使いであった。グレイホークの最初期の頃、アーニーはしばしばロブ・クンツ(ロビラー)やテリー・クンツ(テリック)と共にゲームをした。ひところ
出典: グレイホーク (CC BY-SA)
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